とら目線

創作と向き合う

若おかみは小学生!感想

何だか評判が良いようなので見に行って参りました。青い鳥文庫の誇る人気作である当作品、「デルトラクエスト」「ズッコケ三人組」と共に図書室三大重鎮であった覚えがありますが、残念ながら本とは無縁の存在だったので読む機会はなく…まさか10年程経って映画を観に行くとは、分からないものですね。

 

そんなわけで映画館に行くと、夜上映なのに2人で来た女の子たち…姉妹でしょうか。あばば、私のようなキモ=オタクが崇高なるガチ幼女先輩の視界に入ってしまって大変申し訳ない…とその場で消滅したい気持ちを抑えつつ着席。人数は少ないものの、成人の男女から親子まで、幅広い層のお客さんが見に来ていました。

 

幼女先輩たちは上映中も2人で会話しつつ鑑賞していらっしゃいました。終盤になるにつれ声が聞こえることも減り、物語に没入しているのが伝わってきましたね。

 

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(c)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

上映時間は90分。常に大スクリーンばかり選んでいるためMAX100席ほどの小さいところで見るのは不安でしたが、普通に終盤泣いたので問題なかったです。

 

大人でも子どもでも楽しめる一作

話を一言で纏めますと、小学生が若おかみに「なる」話です。未見の方には何も伝わらないと思いますが、基本的に若おかみとして奮闘するおっこの話が軸なので、難しく考えたり真剣に見過ぎずとも楽しめるようになっています。アニメーションも良く動いており、派手さはないですが、常に綺麗な絵でお話を盛り上げてくれます。

 

そのため子どもたちが見ても各シーン「怖い」「面白い」「綺麗」「悲しい」と言った率直な感想を得るだけで純粋に楽しむことが出来ますし、おっこの内情を読み取っていけば我々大人でも自然に感情移入し、終盤のメッセージ性を受け取れるようになっています。ただ、丁寧に段階を積み重ねることで難しい話題と向き合う作品なので、大人の方が細かく作品の意図を受け取れるかと思います。

 

自分の感想を正直に述べると、我々深夜アニメ民は捻りある展開に慣れているので、全体的にもう一つ味付けがあると尚良かったかな、という感じです。

 

基本の人物紹介

関織子

主人公のおっこちゃん。かわいい。事故で両親を亡くし、花の湯温泉にある小さい旅館「春の屋」で女将を務める祖母に引き取られる。

 

ウリ坊

春の屋に住み着いた関西弁の幽霊。祖母(峰子)の幼馴染であり、彼女が大阪を離れてすぐに事故死したので見た目は12歳のまま。おっこを誘導して若おかみにした張本人。

 

秋野真月

花の湯温泉一の大旅館「秋好(しゅうこう)」の跡取り娘。生意気で派手な服装のためあだ名が「ピンふり」。常にお客様のために頑張っている、責任感のある子。声が水樹奈々

 

美遊

幼女幽霊。真月の姉だが彼女が生まれる前に亡くなってしまった。いい子。

 

関峰子

おっこの祖母で旅館「春の屋」の女将。仲居のエツ子さん、料理人の康さんと共に経営中。

 

物凄く邪な話で申し訳ないのですが、おっこのキャラデザがイマイチ刺さらなかったのでスルーしてました。動いているところは表情豊かでとても可愛いです。『東京マグニチュード8.0』の未来も感情移入しすぎてめちゃくちゃ好きになっちゃいましたし、キャラデザなんてあんまり関係ないんですけどね…

 

中学生の小林星蘭さんの声も凄く馴染んでて驚きました。声自体が子どもっぽいところもいい意味で独特さを出していますし、終盤のシーンはプロ(声優)顔負けのレベルでした。素晴らしいですね。

 

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(c)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

幽霊から「お前がこの旅館の若おかみになるんや!」と言われ驚くおっこ。子どもらしく表情豊か。

 

児童向けアニメとして

押し付けがましい主張をするような作品ではありませんが、教材としては「人と繋がること」「働くことの難しさ、尊さ」「思いやりの心を持つこと」「死と向き合うこと」などを映像で伝える作品にもなっているのではないでしょうか。

 

例えを挙げますと、おっこが最初に接客する神田あかねは母を亡くしてやさぐれており、おっこに対して失礼な態度を取ります。同じ体験をしているおっこは怒って言い返しますが、彼も母への喪失感と向き合えていないために花の湯温泉までやってきたのです。コミュニケーションを乱したいわけではなく、喪失感によって自棄的になっている。この点を把握しなければ彼の心に触れることはできません。

 

「言葉」ではなくその裏の真心に気付けるとよいですね ― 『此花亭綺譚 下巻』p137より

著:天乃咲哉 幻冬社コミックス

 

同じ旅館漫画より言葉をお借りいたします。アニメ『このはな綺譚』では6話に収録されるお話。主人公の柚が幼年親代わりである八百比丘尼様に教えられる言葉なのですが、これを思い返しながら見ておりました。

おっこがどのようにしてあかねの心に触れるのかは、映画を見ていただければと思います。

 

また、彼とおっこの死への向き合い方は結構違います。しかし、人によって突きつけられる「死」というのは一様ではありませんし、勿論受け入れていく方法論も一様にはなりません。一時的に現実から目を逸らすことも心の作用としてあり得る話です。自身が同じ立場に立たされた時どう考えるか、そんな内容を話し合うのもいいかもしれませんね。

 

感想

さて、ここから先は作品の核の部分に触れようと思います。一応誰でも分かるように書いていますが、劇場で見た方が良いと思う気持ちもあるので、未見の方が読むのはあまりオススメしません。

 

現実の中に舞う「夢」

おっこ一家は冒頭、花の湯温泉名物の神楽を見た帰りに事故に遭います。(このシーン、神楽の音色が激しくなるに合わせてトラックが突っ込んでくるためめちゃくちゃ怖い。子どものトラウマにする気で作ったのかと思うレベル)

 

一度場面転換が挟まり、今度はおっこが祖母の旅館へ向かうところからスタート。おっこは両親を失ったにも関わらずケロっとしており、寧ろ周囲の方が悲しみの色を隠しきれていないほど気丈に振る舞います。幽霊とワイワイやりながら健気に若おかみ修行を始めたり、学校で友達を作ったりと普通(?)の生活にも馴染み始める。

 

これだけ見るともう両親の死を乗り越えてしまったかのように見えますが、勿論そんなことはありません。序盤から中盤にかけて幾度も挿入される不自然な「夢」がおっこの「空想」として描かれ、両親の亡くなった現実を直視出来ていないことが示されます。彼女の根底はまだ両親に甘える「織子」であり、「若おかみ」は時計の針を止めないために与えられた、自身を現世に繫ぎ止める道具でしかありません。

 

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(c)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

おっこ自身がとても優しくいい子なので、そんな中でも精一杯若おかみの仕事を頑張ります。「花の湯温泉は誰も拒まない。全てを受け入れて、癒してくれる。」という精神のもと、神田父子やグローリー・水領ら気難しい宿泊者の心を開く彼女の活躍は、是非劇場でご覧ください。

 

脳裏に焼き付いた恐怖

「春の屋」が神田父(作家)の紹介で話題になり、神楽の巫女も演じることになって大忙しのおっこ。幽霊二人の姿を視る能力も薄れ始め、「若おかみ」としての自分が徐々に大きくなってきたことが分かります。

 

しかし未だ「織子」としての彼女は心に残っており、水領のショッピングに同行した際、対向車線のトラックの見てフラッシュバックを起こしてしまいます。(小林さんの息の詰まる演技が非常にいい)

 

ウリ坊やミユの人形を握りしめながら、路肩で両親の幻影を見るおっこ。作中初めておっこがトラウマや心的外傷を抱えていると明示され、未だ彼女が自分自身を保つ為には、「夢」や幽霊二人の存在が不可欠であると示されるシーンです。この時点では、「若おかみ」としての彼女と、「織子」としての彼女がせめぎ合っていると解釈できます。

 

余談ながら、小林星蘭さんの挿入歌をバックにした買い物シーンはめっちゃ可愛いです。

 

それでも、「若おかみ」として

関係を深めた水領さんが旅館から去り、次第に幽霊たちも見えなくなるおっこ。神楽にも集中出来ず、共演するピンふりと大喧嘩。練習帰りに旅館に来訪した木瀬一家の要望(退院すぐだが、味付けの濃いものが食べたい)にも上手く応えられません。

そんな時でも彼女はお客様に喜んでいただくことを第一に考え、秋好へと助けを求めに走ります。

 

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(c)令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

「バカおかみ」と貶された自身のプライドより若おかみとしての精神を優先し、着物姿のまま秋好へ急ぐおっこ。まだ両親の死と向き合えていないものの、既に「若おかみ」としては一人前の精神を手に入れたことがわかります。

 

ピンふりのアドバイスを基に接客を成功させるおっこですが、木瀬一家の主人が両親を奪ったトラックの運転手であるという衝撃の事実によって、両親の死(現実)と強制的に向き合うことになります。空想上の両親に別れを告げられた上に幽霊たちの姿も見ることが出来ず、「一人にしないで」と泣き叫ぶおっこ。両親を亡くして以降、必死に目を逸らしていた孤独が解放されるこのシーンは本当に痛切です。

 

新しい道

ふらふらと道路に出たおっこの前に一台の車が走って来ますが、それは自身の運命を引き裂いたトラックではなく、胸騒ぎがして駆けつけた水領のものでした。おっこは「若おかみ」として出会った彼女の車の中で涙を止め、「春の屋」を出る木瀬の主人を引き止めようとします。

 

「僕はここにいれないんだ」と言う主人に、花の湯温泉は誰も拒まない、全てを受け入れて癒してくれる、だから泊まって行ってくださいというおっこ。「でも君は、関さんの娘なんだろう?」と聞くと、「いいえ、私は春の屋の若おかみです」と答えます。

 

決断は突発的に引き起こされたものの、彼女は長い時間をかけて両親の死と真に向き合う準備を整えた事で、彼らに甘えて過ごしていた「織子」を辞め、「若おかみ」としての自身の確立を決心する事が出来ました。

この際、木瀬一家を引き取りるために来てくれていた真月ちゃんの「バカ女将は返上ね」というセリフも非常に良い。

 

この後神楽の舞を成功させ、幽霊2人も安心して成仏し、物語は終了します。

舞から一瞬見えた両親の幻影がすぐに水領とあかね(彼女が「若おかみ」として手に入れた繋がり)に変わることが、彼女が自身を確立した証明になっています。

 

かくして、おっこちゃんは「若おかみ」となることが出来たのでした。一つだけ注意してほしいのは、彼女が最終的に「若おかみ」となったこと自体には重要性がないということです。

 

作中で強烈に描写されるのは両親を失ったことに対する心の孤独であり、若おかみに「なる」ことのプロセスを重視した作品であることは明確です。

 

確かに、旅館仕事も大切な要素ですが、仕事内の成長は彼女自身の努力で手に入れたものであり、トラウマの脱却や自身の決意に必要だったのは幽霊や水領、力を貸してくれるピンふりたち、「人」の力です。もう戻れない過去と向き合い、現実に生きると決めるまでの道。それを助けてくれる人との繋がり。これを丁寧に描いたアニメーションであると伝われば幸いです。

 

と言うわけで、若おかみは小学生!の感想でした。重いテーマを前面に出さないため作品に込められた想いがストレートに伝わりますし、上手くバランスのとれた一作だと思います。

今年はリズと青い鳥、若おかみと吉田さんが絶好調なのでこの調子でほかのアニメも期待したい。

 

この作品を道徳として使うなら、おっこが木瀬一家の許したことも題材例として考えられるかもしれませんね。彼女が木瀬を許したことに殆ど木瀬側の事情は関係がありません。作品内を通して彼女が内的に解決したものです。いくら謝罪したところで人を傷つければ被害者自身が処理できるまでその問題は残り続けるし、場合によっては物凄く長い時間がかかる。これも作品内のテーマとは無縁ですが、そういうことを教えるのもいいのではないでしょうか。

 

ぼくはこのあと『魔法少女リリカルなのはreflection』でもボロボロに泣かされるという…ヴィータちゃんかわいいよヴィータちゃん。